エルメス

エルメスの対戦一覧表

対戦カード 宇宙・中距離 宇宙・近距離 宇宙・遠距離 地上
エルメス vs ガンダムNT-1 勝利 勝利 勝利 敗北
エルメス vs ブルーディスティニー3号機 勝利 勝利 勝利 勝利
エルメス vs アトラスガンダム 勝利 勝利 勝利 勝利
エルメス vs パーフェクトガンダム 勝利 敗北 勝利 敗北
エルメス vs ガンダム試作3号機デンドロビウム 勝利 勝利 勝利 勝利
エルメス vs ノイエ・ジール 敗北 敗北 敗北 敗北
エルメス vs ジークアクス 勝利 勝利 勝利 勝利
エルメス vs Zガンダム 敗北 敗北 勝利 敗北
エルメス vs ル・シーニュ 勝利 勝利 勝利 敗北

ララァのパイロット技術

ララァ・スンの操縦を語るとき、MAN-08 エルメスというモビルアーマーの設計思想が最初の鍵になる。エルメスはサイコミュを中核に据え、操縦桿とスラスター制御だけで勝負するのではなく、パイロットの思考と感応を戦闘システムへ直結させる機体だ。武装の中心はビット6基で、メガ粒子砲を積んだ小型端末を遠隔で分散運用し、敵の死角や回避方向を先回りして射線を組み上げる。ミノフスキー粒子で視界とレーダーが乱れる宇宙世紀の戦場において、ララァは「見える」ではなく「感じて当てる」射撃管制を成立させる立ち位置にいた

ビット運用は単純な同時発射ではなく、索敵・誘導・包囲・牽制・とどめを時間差で重ねる“面制圧”が要になる。ララァはビットを扇状に散らして退路を塞ぎ、次に上下方向へ射線を通して回避ベクトルを限定し、最後に本命の一基を「逃げた先」に置いておく、といった組み立てで相手の判断を奪う。ここで重要なのは、敵機の推力配分や姿勢変化を見てから撃つのでは間に合わない点だ。ララァは先読みした未来像を前提にビットを配置し、標的がそこへ“来てしまう”状況を作る。RX-78-2 ガンダムのように運動性能と反応速度が高い機体ほど、回避の選択肢が多い分だけ心理の読み合いが濃くなり、ララァの感応の精度が火力そのものになる。

実戦面でのララァは、ジオン公国軍の中でも異質な戦果を短時間で積み上げる。シャア・アズナブルがエルメスの投入を決断できたのは、ララァがニュータイプとしての資質を実戦に転化できると確信したからだ。戦艦クラスを遠距離から沈黙させるには、単発の高威力よりも「当て続ける再現性」と「防空網の隙を縫う経路設計」が要る。ララァはビットを編隊の外周へ滑らせ、対空火器の照準が追随する前に角度を変え、次の瞬間には別方向から撃ち込む。ソロモンやア・バオア・クー周辺のように艦隊とMSが密集する局面でも、狙うべき優先目標を瞬時に選別し、味方の進路を塞がない位置取りで“撃てるところから撃つ”のではなく“撃つべきところだけを撃つ”判断を見せる。

そしてララァの操縦が決定的に特異なのは、アムロ・レイとの交戦で「戦闘技術」と「精神感応」が同じ地平で起きる点だ。ビットの軌道と照準は、ララァの意識の流れに連動し、アムロ側もニュータイプとしてそれを感知して反射的に避ける。その結果、二人は撃ち合いながら言葉にならない交信に踏み込み、戦場の速度で互いの内面を読んでしまう。ここまで来ると、操縦の巧さは単なる反応速度ではなく、相手の恐怖、ためらい、怒り、迷いまでを含めて「次の手」を確定させる能力になる。ララァのパイロット技術は、エルメスの機構とニュータイプの感応が噛み合ったときにだけ成立する、宇宙世紀0079の最前線そのものだ。

ララァ、アムロ、シャアの関係

シャア・アズナブルとララァ・スンの関係は、軍務や戦果の前に「救い」と「依存」で結ばれているのが特徴だ。シャアはキャスバル・レム・ダイクンとしての過去、ザビ家への復讐、キシリア・ザビとの危うい協力関係を抱えながら、ララァの感応の強さに“戦争の道具”以上の意味を見いだす。フラナガン機関のニュータイプ研究、サイコミュ実験、モビルアーマー開発といった国家規模の思惑の中で、シャアはララァを守りたい気持ちと、勝つために使わねばならない現実を同居させる。ララァはその矛盾ごと受け止め、シャアに対して強い情愛を抱くが、それは同時に「戦場へ出る理由」にもなってしまう。

アムロ・レイがララァと交差する導線は、戦闘ではなくサイド6という“中立の生活圏”に置かれているのが残酷だ。ホワイトベースの面々、ブライト・ノア、ミライ・ヤシマ、セイラ・マス、フラウ・ボゥ、カイ・シデンが束の間の停泊を迎える一方で、アムロは父テム・レイとの関係に揺れ、雨の中を車で走り、湖畔のコテージでララァと出会う。ララァはアムロの内側にある“殺意に近い疲労”や“帰る場所の喪失”を先に感じ取り、アムロもまた彼女の静けさの奥に異質な気配を嗅ぎ取る。そこへ現れるのがシャアであり、偶然を装ったように見える場面は、のちに宇宙の戦場で三者が繰り返し引き寄せ合う前触れになる。

戦場で三者の関係はさらに歪む。アムロはRX-78-2 ガンダムでニュータイプとして覚醒し、シャアはMS-14 ゲルググやMS-06S ザクIIの延長線で“エースの技量”を磨いてきたが、ララァのエルメスは戦いの座標そのものを変えてしまう。アムロとララァはオールレンジ攻撃の読み合いを通じて感応が直結し、互いの意識を「わかってしまう」領域へ入っていく。するとシャアは、戦術上は味方でありながら、二人の間に成立した共鳴に入れず、むしろ邪魔者のように弾き出される。シャアのプライド、ララァへの執着、アムロへの敵意は分離できないまま絡み合い、単なる三角関係ではなく“戦争と才能が生む運命”として固着する。

決定打は「光る宇宙」での結末だ。アムロのビーム・サーベルがシャアへ届く瞬間、ララァはエルメスで割って入り、自ら致命傷を負う。ララァはシャアを守る選択をし、アムロは意図せず彼女を斬る側に回る。この瞬間に生まれるのは、シャアにとっての「守れなかった喪失」と、アムロにとっての「殺してしまった罪悪感」だ。その後の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で、νガンダムとサザビー、アクシズとサイコフレームを巡って二人が再び衝突していく背景には、ララァという一点が抜け落ちないまま残っている。シャアの「ララァは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」という言葉が象徴するのは、恋愛感情だけではなく、救済を外部へ求め続けた彼の弱さそのものだ。

GQuuuuuuXにおけるララァとは

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』におけるララァ・スンは、宇宙世紀の「悲劇のニュータイプ」という記号を、そのまま再演するためではなく、物語構造を捻じ曲げる“鍵”として置かれている印象が強い。発表情報では、サンライズとスタジオカラーの共同体制、鶴巻和哉の監督名、テレビシリーズとしての展開、さらに先行劇場版として『-Beginning-』が告知されている。舞台はスペース・コロニーの日常から始まり、アマテ・ユズリハ(通称マチュ)とニャアン、非合法の決闘競技《クランバトル》といった要素が“正規軍の戦争”とは別の地平を作る。そこへララァの存在が差し込まれることで、宇宙世紀0079の因果が、違う形で現代的なドラマに侵入してくる構図になる。

注目点は、ララァが「カバスの館」に在籍する女性として設定されている点だ。ファーストのララァは映像上の説明が限られ、視聴者は主にシャアの視点と戦場の結果から彼女を理解するが、ジークアクス側はララァを“居場所”と“役割”から提示する。カムラン・ブルーム、モスク・ハン、シャリア・ブル、キシリア・ザビといった宇宙世紀の人名が並ぶ文脈にララァが配置されることで、「これは別物のキャラクター」ではなく「同じ名前が持つ歴史の重み」を引きずる存在として立ち上がる。ララァを中心に置くと、シャアという人物が背負う復讐や政治の駆け引きよりも前に、“ニュータイプの直観が見てしまう世界”が物語の上位層に来る。

さらにジークアクスのララァは、感応の描き方が「戦闘のための勘」から「世界の揺らぎの観測」へ拡張されている。語られ方としては、ララァが“向こう側の夢”のようなものを覗き込み、赤い士官服の男と出会う反復や、白いモビルスーツがその男を殺してしまう結末を知覚している、といった要素が出てくる。ここで重要なのは、ララァが未来予知の超能力者として万能に振る舞うのではなく、「見えてしまうが止められない」「待ち続けてしまう」という受動性を纏っている点だ。ファーストでララァが宿命に巻き込まれた感触を、別の位相で再提示し、視聴者に“既知の悲劇”を別角度から突きつける役割になる。

そして「シャロンの薔薇」という装置的要素が、ララァ=エルメスのイメージと結び付くことで、因果の接続点が具体物として提示される。エルメスはもともとサイコミュとビットで戦場を覆うためのモビルアーマーだが、ジークアクスではそれが“別世界から来た何か”“時間や認識の歪み”と絡むことで、単なる兵器ではなく物語の扉になる。マチュやニャアンのように、戦争の外縁にいた人物が、ララァの存在を経由して宇宙世紀の中心へ引きずり込まれるとき、ララァは「戦うニュータイプ」ではなく「世界を繋ぐニュータイプ」として機能する。結果としてジークアクスのララァは、アムロ・レイとシャア・アズナブルの宿命を、別の舞台へ持ち込み、再定義するための核になっている。

※ララァ・スンの悲恋⇒ガンダム 五大悲恋を徹底解説